2010年11月04日

ちょっと怪しげなペンテコステ信仰 (1)



ちょっと怪しげなペンテコステ信仰
  (グレーゾーンの信仰)



 ペンテコステ信仰の躍進、ペンテコステ運動の発展は、20世紀のキリスト教会の特徴であった。数世紀にわたって啓蒙主義や合理主義、自然科学や人本主義に影響されて、超自然現象を否定し、聖書の奇跡を受け入れず、神の存在そのものまでも疑い始め、まさに衰退の一途をたどっていた教会が、このペンテコステ信仰によって力を取り戻したことは、実に喜ばしいことである。しかしこの信仰、この運動は、このまま21世紀にも継続していくことができるのであろうか。教会の歴史に興った多くの霊的覚醒は、比較的短期間で終わり、後にはその覚醒で起こった教団や教派が、健全ではあるが躍動感を失った硬い組織として残されることが多かった。ペンテコステ運動が、はたして今後も、教会の力であり続けることが出来るのか、気がかりな点もいくつかある。そのひとつは、はじめからペンテコステ信仰の特徴であった、体験主義的傾向を持つ信仰のあり方である。



T ペンテコステ信仰の体験主義的傾向



 まず、ペンテコステ信仰が体験主義的な傾向を持つということについて、説明しよう。ペンテコステ信仰は、神学の積み重ねや厳密な聖書の研究の結果として起こったものではない。霊的覚醒というものは、大体そのようなものが多かったが、ペンテコステ信仰は、特にその点が顕著である。



 ペンテコステ信仰には、まず、ひとつの体験があった。少し後になってから、聖霊のバプテスマと呼ばれるようになった、体験である。もっと正確にいえば、ペンテコステ信仰は、異言を語るという不思議な体験をしたことに始まる。この体験を最初にしたのは、聖霊の働きに強い関心を持つホーリネス系の信仰を持つ人々で、当初、彼らはこれを、宣教のための賜物と考えた。新しい宣教地に出て行くために、学ばずして宣教地の言葉を話すことが出来るようになる、特別の賜物としてこれを理解したのである。それで彼らの中には、異言の賜物が与えられることを前提に、言葉の学びをまったくしないまま、またする気もないまま、宣教地に出て行く者たちまで現れた。



 ところが、この期待は間もなく裏切られた。異言の賜物は、彼らの理解に沿ってタイミングよく与えられはしなかっただけではなく、与えられたとしても、宣教地の言葉ではなかった。だから彼らは、異言は宣教地の言葉を与えられる、宣教の賜物であるという理解を、変えなければならなかった。しかし彼らは、神に対する渇望と祈りの中に与えられたこの体験を、単なる心理的な、あるいは心霊的な体験としてではなく、あくまでも正真なクリスチャン体験と捕らえて、聖書の中にクリスチャン的な解釈を求めたのである。その結果行き着いたのが、聖霊のバプテスマの証拠としての異言という理解である。彼らはまず、ルカが記録した使徒の働きの出来事から、これを理解した。自分たちの体験と非常に類似していて、前例ともモデルとも言うことができる体験を、使徒の働きの記録の中、初期の教会の歴史の中に、複数見出したのである。(使徒2:1−13、8:14−24、10:44−47、19:1−6)



 彼らは使徒の働きに記されたこれらの体験が、ヨハネによって予言された聖霊のバプテスマ、(マタイ3:11、マルコl:8、ルカ3:16)イエス様によって約束された聖霊であることを学び取り、(ルカ11:13、使徒1:4−5)これを、イエス様の証人となるための力の賦与と理解した。(使徒1:8)そして、福音書に記された弱々しい使徒たちが、使徒の働きに記された信仰の勇者と変わったのは、この聖霊のバプテスマの体験にあったと判断した。そして、その聖霊のバプテスマの証拠として、異言が伴ったと考えたのである。
(使徒10:45−47、15:8)



 こうして、20世紀の初頭、異言を語る体験をした人々は、自分たちが、初代のクリスチャンたちと同じように、イエス様の証人としての力、宣教の力を与えられたのだと信じた。初代のクリスチャンたちが、恵みの時代の始まりに当たって、神からの特別な信任と力を受けたように、自分たちは恵みの時代の終わりに当たって、神からの特別な信任と力を得たのだと信じ込んだ。ペンテコステ運動の特質は、少なくても、伝統的なペンテコステ運動の最高の特質は、その熱心な祈りとか、熱狂的な集会とか、癒しや奇跡といったものもさることながら、宣教に対する情熱と実行力であった。彼らは、使徒たちや初代のクリスチャンたちと同じように、聖霊のバプテスマによって、神の臨在、神の内在を強烈に感じ、教会や宣教団体の後押しを待たず、文字通り、片道切符の宣教師として世界中に出て行った。そして、宣教のための緩やかな支援グループの設立、教会の枠を越えた宣教協力団体の創立がこれに続いた。下層階級から始まったこの運動は、瞬く間にアメリカ全土のみか、世界中に広まったのである。そして、そのペンテコステ信仰の躍進自体がまた、聖霊のバプテスマは宣教の力の賦与であるという理解を、実証的に証明するものであると考えられたのである。ペンテコステの信仰の中では、今でも、宣教の成功、教会の成功、すなわち多くの人々を獲得することが、神の祝福の証であり、神の承認の証であるというような意識が、非常に強く、後になって、教会成長運動や繁栄の福音などが無批判のまま、盛んに取り入れられてしまった素地があったわけである。




 異言が、宣教の力の賦与である、聖霊のバプテスマに付随する印だという理解に続いて、自分たちの祈りの体験の中に継続していた異言の体験についても、彼らは聖書の中に解釈の基盤を見つけた。パウロが記したコリント人への手紙に記された、異言についての教えがそれである。(Iコリ12章〜13章)彼らはこのパウロの記述から、異言の祈りと異言のメッセージという、ふたつの理解を導き出した。異言による祈りとは、聖霊のバプテスマの印としての異言に続き、神との交わりの深みに至らせるために与えられる賜物であると考えられた。次に、彼らは異言による神からのメッセージという理解を発展させた。パウロが語る「異言を解く賜物」(Iコリ12:10)というものを、彼らは異言という方法を通して与えられる、神からのメッセージを解き明かす賜物と理解した。ここで異言は、神から与えられる預言の手段とされたのである。異言という方法で与えられる預言である。しかし、異言による神からのメッセージは、解き明かす賜物がない限り、預言としての力を発揮しない。だから、解き明かす賜物を熱心に求めなければならないと考えられた。


 
 このような預言としての異言という解釈は、当時のリバイバル運動で非常に高まっていた新しい啓示、あるいは神からの新しい語りかけに対する熱望がもたらした結果だと考えられる。ペンテコステ運動も、当時のホーリネス運動の末端に連なるものとして、キャンプ集会、今で言う聖会や修養会のようなものを各地で開催していた。その中では、新しい啓示に対する期待が非常に強かった。それが聖書の解釈からくる言葉であれ、何かの閃きによる言葉であれ、人々は新しい教えを期待していた。その一例は、たぶん、使徒の働きを読んでいるうちに閃いた考えが、預言という手段で公表された、いわゆる「イエスのみ名による洗礼」の問題である。洗礼は三位一体の神のみ名によるのではなく、イエスのみ名によるものでなければならないというこの「新しい」預言は、設立されてわずか1年のアッセンブリーズ・オブ・ゴッドのフェローシップを、危うく解体してしまうほどに分断した。そのときの後遺症が、いまだにジーザス・オンリー、あるいはワンネスとして残っている。



 当時、ペンテコステ経験をした者の多くは、神学的素養をほとんど持っていない人々であった。伝道者と言っても、極めて基礎的な教育しか受けていなかった。そのような中で、臨在される聖霊に対する期待と飢え渇きが高まり、聖書を読むような、面倒くさいことをしないでも済み、興奮を伴う預言という宗教体験に人気が集まったのである。当然、ペンテコステ運動の行く先々には、聖書理解の幼稚さ、神学的素養の欠陥から来る混乱が続き、次々と語られるとんでもない預言も加わって、神学的見地からするとまさに混沌に陥っていた。また、短期間の即席の訓練しか受けていない伝道者たちの中には、人格的、道徳的欠陥を持った人々もかなりいて、そこここに不道徳な行為も見られた。そういう環境の中で、異言によるメッセージという理解も生まれたのである。



 一方、神学的素人集団であったペンテコステ運動の人々の中には、あまり専門的な学びはしていなかったが、強い福音派の背景を持ち、聖書を誤りの無い神の言葉であり、唯一の権威であると信じて、まじめにこれに向きあう、良き伝統を持ち合わせている指導者たちも大勢いた。彼らが、きわめて冷静に、つまり聖霊の賜物といいながら、非常に常識的な判断能力を働かせて、聖書の教えに反する預言をはじめ、さまざまな非聖書的な主張や行為を排除していった。先に挙げたワンネス運動の排除などはその良い例である。しかし、異言によるメッセージという理解は、たとえ、アッセンブリーの交わりの中では、正式な見解として表明されたことはないとしても、ペンテコステ運動の中で広く行きわたり、受け入れられて行った。



 このように、ペンテコステ運動は体験を先立たせた運動であるということは、その発生のいきさつからも明らかである。少なくても、ペンテコステ運動の中心的神学である聖霊のバプテスマと異言に関しての教えは、聖書の学びを端緒として発展したものではなく、まず、体験があり、その体験の前例、モデル、あるいはプロトタイプを、聖書の記述の中に見出したのである。つまり、体験が聖書の新しい理解、解釈を可能にしたのであり、聖書解釈の上で、体験が非常に重んじられるのである。



 また、ペンテコステ運動には、聖霊のバプテスマと異言という問題以外にも、多くの周辺的要素があった。たとえば、ホーリネス運動から引き継いだ瞬間的潔めだとか、デスペンセーショナリズムを背景にした終末論などである。これらの神学も、ペンテコステ運動の中ではかなりの影響力を持ち続けてきたが、すなおに聖書に聞くという素朴な態度は、それらの教えを丸ごと取り入れる極端さを止めてきた。



 ペンテコステ運動は、聖書を誤り無い神の言葉と信じて、素直にまた素朴に聖書を読む人々によって、健全に保たれてきたのである、聖書によって、聖霊のバプテスマと呼ばれる自分たちの信仰体験が、正真の聖霊体験であることを証明し、その体験が個人の主観的な体験だけでも、限られた時と場所と事情の中に、閉じ込められておかれるべき一過性のものでもなく、すべての信徒に共有されるべきものであると証明して来た。聖書的権威をもって、自分の聖霊体験と、それに基づいた信仰のあり方、行動、あるいは伝道や教会形成というものを、正当化してきたのである。



U 体験主義は誤りか



 このような体験主義的傾向は、厳密な聖書解釈に立つ、プロテスタント信仰に反するものであるかのように、言われ続けて久しい。とはいえ、体験主義的傾向は、正当なプロテスタント信仰の中でも、何も珍しいことではない。たとえば「聖書信仰」や「信仰による義人」という、プロテスタント神学の錦の御旗も、カトリック教会の腐敗という環境、それと戦うという体験がもたらした結果として、生まれた神学である。カルビンの神学も、カルビンの時代と背景があって、はじめて生まれてくることが出来た。さまざまな正しい聖書の理解は、さまざまな体験に啓発され、触発されて生まれている。普遍性を持つ聖書の教えは、時代と文化という有限性を媒体として、はじめて理解されるのである。



 広い意味では、この世の哲学に影響され続けるキリスト教神学、プロテスタント神学それ自体が、体験神学であって、純粋に聖書に基づいた神学ではない。だから、これからも世界の変化によってもたらされる体験が、新しい聖書の理解を生む可能性はあるし、なければならない。たとえば、現在の行き過ぎた資本主義とグローバライゼーションは、あたらしい神学を必要としているように思えるし、キリスト教が圧倒的な力を持った環境と文化の中で形成された神学ではなく、キリスト教が絶対的少数派で力を持たない中での神学も、必要とされていると考えるものである。ただしペンテコステ神学は、単に社会的変化への対応としてではなく、社会的変化を背景にした、純粋な信仰体験に触発されて生まれたものである。



 ペンテコステ運動の本当に特異な面は、啓蒙主義や合理主義によって、あるいはドイツ観念論などの影響によって、遠く隔てられてしまった至高の神、絶対他者の神、観念の隅に追いやられた神を、近くにいて助けてくださる現実の神に、変えてしまったことである。聖書の神を聖書の物語の中だけに閉じ込め、聖書理解と観念の問題にすり替えてしまうことによって、私たちの日常の毎日、現実の生活の問題に介入し、私たちの祈りにお答えになる神、いま共に生きておられる神を見失っていた教会が、ペンテコステ運動によって、近くにいてくださる神、内に住んでいてくださる神、祈りに答えてくださる神を、聖霊なる神として再び見出したのである。聖霊のバプテスマにより神の臨在を強烈に感じること、異言の祈りによって可能になる、神との深い交わりに浸ることこそ、ペンテコステ信仰の真髄である。そこから、神はいまも語りかけてくださる、祈りに答えてくださる、宣教の働きに伴っていてくださるという、信仰と期待が派生するのである。



 プロテスタントを含め、伝統的な神学では、聖霊とそのお働きについては、あまり学ぶことがなかった。ちなみに、歴史上もっとも優れた信仰告白であると言われ、現在でも多くの教会で、礼拝会ごとに唱和されている使徒信条を見ると、聖霊に関する言葉はただ一節。「我は聖霊を信ず」だけである。ウエストミンスター信仰告白でも、聖霊について述べられていることは、不充分この上ない。だから伝統的神学の枠の中に留まる限りは、今の聖霊の働きについて学ぶことは出来ない。ペンテコステ神学は、いま生きて私たちと共におられる神、聖霊のご性質とお働きに注目する。特に現在、キリストの昇天後の聖霊のお働きについての学びが、ペンテコステ運動の大切な学びである。そしてその聖霊の、変わらない役割のひとつは、いまも私たちの中に働きかけ、キリストの語られたお言葉を理解させて下さる働きなのである。(ヨハネ16:26、15:26、16:12〜15)

 

 したがって、ペンテコステ運動が、現在も働いていらっしゃる聖霊に信頼して、聖書の新しい理解を得る可能性を信じるのは、正しいことである。その新しいきっかけは、時には内面的な霊的体験であっても、この世の科学や哲学の発展、あるいはその他の出来事を端緒としていてもかまわない。極端に言うならば、とんでもないでたらめな神学を発端にしていてもいい。さきに述べたように、聖書の理解の深まりは、常に歴史的なできごとを背景に起こっていると言って、過言ではない。私たちは自分の体験という媒体を持って、はじめて神の言葉を理解できるのである。新しい聖霊体験をするならば、新しい聖書理解が生まれる可能性があるのである。ただし、それはあくまでも、古い聖書の新しい理解の可能性であり、聖書にはない真理の啓示、新しい啓示の可能性ではない。



V 体験主義の危険性と限界



 ではペンテコステ運動の体験主義は、このまま許されていていいのか。答えは断然「然り」であり、断然「否」である。然りというのは、この体験主義的な信仰が、ペンテコステ運動を推進してきたという理由で言うのではない。むしろそれが、現在もお働きになっている、変わらないイエス様に対する信仰だからである。世の終わりまで共にいると約束してくださったイエス様の、聖霊による臨在に対する信頼であり、いまも聖書を読むとき、それを正しく理解できるように助けてくださる、聖霊に対する確信だからである。伝統的プロテスタントの神学は、いまも生きておられるイエス様に対する信仰が極めて希薄な中で、書かれた文字の解釈の問題として行われてきた。厳格な文字の解釈としての聖書理解、それに立った神学の大切さは、いまさら言う必要はない。しかし、神学は聖霊の導きの中で行われなければならない。



 そういうわけで、ペンテコステ運動の体験主義的な聖書理解は、ただそれだけで誤りといわれるべきものではないだけではなく、むしろ、非常に大切な、本来的な聖書理解のあり方である。とはいえ、この体験主義的な聖書理解を際限なく許すべきではない。体験主義には限界があるからである。その限界を超えた聖書理解は、聖書理解ではなく、聖書への読み込みであり、あってはならないことなのである。そして、そのような理解に立った生活も許すべきではない。そのような理解を中心にすえた伝道や、そのような理念を土台とした教会設立を許すべきではない。絶対に「否」である。



 しかし、筆者の見るところ、いまわたしたちを含めた広い意味でのペンテコステ運動の中には、すなわち、カリスマ運動や第三の波などを含めたこの運動の中には、この限界を超えた聖書理解による、怪しげな断然「否」のペンテコステ信仰が、かなりまかり通っているように思えるのである。もともと体験主義的傾向を持ち、そのような信仰のあり方を容認してきたというより、主張してきたわたしたちにとって、むしろこれは宿命的な弱さであろう。とはいえ、これがペンテコステ運動だけに存在する弱点というわけではないことはすでに述べた。事実、多くのキリスト教会が同じ弱点を抱えているのである。ただペンテコステ運動に属するクリスチャンたちの間では、この弱点は非常に特徴的であり、運動全体に大きく悪影響を及ぼしかねないところに、注意をしなければならないのである。


                                     続く












posted by ms at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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