2010年11月07日

だいぶ怪しげなペンテコステ信仰 (1)


  だいぶ怪しげなペンテコステ信仰
(間違いだらけの信仰から、正しい信仰へ)



 著者は、先日「ちょっと怪しげなペンテコステ信仰」という小文を著し、教区で共に働く方々のお役に立てばと願って、失礼を省みず配布した。しかし、その文を閉じる段階にいたって、さらに論点を明確にしなければという思いが募ってきた。論じているうちに、問題の深刻さと緊急性がさらに明らかになってきたからである。そこで、先の結論を掘り下げ補強するために、もう少し書き進めたいと考えた。



T ペンテコステ信仰の怪しげなスタート



 どのような国家でも、あるいは都市や村落でも、自分たちの歴史は美化して語る。宗教では、さらにそれが著しい。私たちペンテコステ信仰を持つものもまた、自分たちの「美しい」信仰のルーツを教えられて育った。しかし多くの場合、物事は美しい側と醜い側とで成り立っている。ペンテコステ信仰も例外ではない。


 
 TA ペンテコステ信仰の発生源



 ペンテコステ信仰は、聖霊と聖霊の働きを強調する、ホーリネス運動の一端として発生した。ホーリネスの人々は、聖霊による聖めの体験を、第二の恵みとして独自の神学を発展させた。つまり、きよめを単に段階的なものに終わらせず、聖霊による「瞬間的なまったき聖め」と言うものがあることを主張し、それを体験することがクリスチャン信仰に欠かせないと強調したのである。彼らの中のあるものたちは、その瞬間的聖めの体験を「聖霊のバプテスマ」と呼んだ。



 いまも活動しておられる聖霊が、聖めを達成させて下さるというのは、正しい聖書理解に立った信仰である。聖めは確かに聖霊のお働きである。また、聖霊のバプテスマと聖めには、なんらかの関係があるということも、新約聖書全般の教えから推測できるであろう。しかしその聖めの体験が、聖書が記録するペンテコステの体験であると主張することは、論理的に無理である。彼らの、聖めを求める真摯な信仰を軽んじるのでも、彼らが聖霊のバプテスマと呼んだその霊的体験が、多くの場合、正真の聖霊体験であったことを否定するものでもない。しかし瞬間的まったき聖めという体験は、あくまでも、本人が聖められたと感じるだけの、なんら客観性を伴わない、まったく主観的な体験である。



 一方、聖霊のバプテスマは客観性を伴う出来事であった。ペンテコステの日の聖霊のバプテスマにも、他の3つの聖霊のバプテスマの記述にも、それが聖霊のバプテスマであると、周囲のものが判断することが出来る、客観的なできごとが付随した。聖書に残された合計4つの実例のうち、ペンテコステの日の聖霊のバプテスマ、コルネリオの家での聖霊のバプテスマ、さらにエペソの弟子への聖霊のバプテスマには、明らかに異言が伴い、もうひとつのサマリヤの場合も、異言が伴ったと推定するのがもっとも自然な現象が伴った。さらにコルネリオの家の例では、異言が聖霊のバプテスマが与えられた証拠として機能しただけではなく、それは、間違いなく救いの事実を示すものと判断された。そしてこの判断は、ペテロとその同行者だけにではなく、エルサレムの使徒たちや長老たちを含めて、弟子たちすべての見解であった。



 使徒の働きの4つの例のうち、サマリヤの場合では、ペテロとヨハネの二人が、聖霊のバプテスマは、救われたものすべてが受けるべきものと考えていた事実が、明白である。エペソの弟子たちの場合では、パウロが同じように考えていたのが明白である。そして、その実例を記録したルカのみか、それを読んだであろう当時の人々が、それを当然と考えていたと判断できる。



 聖霊のバプテスマは、バプテスマのヨハネが予言しただけではなく、主イエスが「求めるものには必ず与えられる」と約束してくださったものであり、(ルカ11:13)また父からの約束でもあった。(使徒1:4)弟子たちはみな、それらのことをよく理解していたに違いない。そしてペテロは、この約束が時代と場所を越えて、すべてのクリスチャンに与えられていると語っている。(使徒2:38:39)



 ところが、瞬間的まったき聖めの体験は、初代教会の歴史に記録されていない。当時多くの人に、広く一般的に体験されていたという記録どころか、ただひとりの体験としても記録されていない。つまり、聖書の中に模範とすべき前例が、まったくないのである。新約聖書のほかの書物も、それについては一言も語っていない。すべてのクリスチャンに勧められるべき一般的体験としても、個人の特異な霊的体験としても、教えても触れてもいない。



 著者はホーリネス系の集会に出たことも、著書を読んだことも僅かしかないが、イザヤの聖めの体験が引用されていた記憶がある。確かに、イザヤの体験はまったき聖めの体験に類似している。しかし、それを瞬間的な、まったき聖めとみなすには無理がある。その上、イザヤの体験はあくまでもイザヤの体験であって、他の人間にも広く適応され、みんなが同じ体験をするようにとは、教えられても勧められてもいない。



 またホーリネスの人々の中には、バプテスマのヨハネの預言を引用して、瞬間的聖めの体験が聖霊のバプテスマであると主張する人たちもいる。ヨハネが「聖霊と火のバプテスマ」と語ったのを、「聖霊のバプテスマすなわち火のバプテスマ」と理解し、火は焼き聖めるものであるという連想から、聖霊のバプテスマは聖めのバプテスマであるという考え方を発展させた。この考え方は、私たちペンテコステの信仰を持つ人々の中でさえ、現在でもかなり一般的である。



 だが、ヨハネが預言した聖霊のバプテスマは、同時にまた、火のバプテスマなのではない。この言葉が含まれている文脈、すなわちヨハネの言葉の前後関係を見ると明白であるが、火のバプテスマとは裁きのことであって、聖霊のバプテスマとは別のバプテスマである。聖書の中に、自分たちに都合のいい言葉や言い回しを見つけ出して、それを前後関係から切り離して用いる方法は、いろいろなクリスチャンたちによって頻繁に行われてきたが、明らかに誤った聖書の用い方である。

 

 そういうわけで、瞬間的なまったき聖めという主観的体験を、たとえそれが正真正銘の聖霊体験であったとしても、教理として公に告白してそれを教え、それを求め、体験するように指導するのは、明らかに誤りである。聖書の土台、礎に上に立っていないのである。



 このホーリネス信仰が、ペンテコステ信仰の母体となったのである。ペンテコステ信仰は、ホーリネスの聖書外主観的体験信仰をも、受け継いだ信仰であった。だから私たちペンテコステ信仰は、単に体験主義的なところがあるだけではなく、生まれたときからすでに、主観を大切にして、聖書外体験を容易に受け入れてしまう、素地を持ってきたのである。つまりアッセンブリーズ・オブ・ゴッドの信仰は、たとえどのように真摯な信仰態度から生まれたものだとしても、聖書の正しい理解から生まれたのでも、正しい聖書解釈によって、聖書に基盤を見出すことが出来る体験から生まれたのでもない。いわば、怪しげなグレーゾーンのクリスチャン信仰体験から、発生したものである。



 TB どこにも見られる聖書外主観的体験



 しかしこのような聖書外の主観的体験主義は、なにもホーリネス信仰に限ったことではない。敬虔主義や神秘主義の中には、常にそのような要素が多かった。また、聖公会やルーテル教会のように、サクラメンタルな様式を色濃く残している教会のことは良く知らないが、福音派といわれる教会の中にも、そのような一面が強く残っている。



 たとえば、彼らは伝道者や牧師、あるいは宣教師となるためには「召し」が必要であると言い続けている。その召しなるものの体験は、イザヤやエレミヤ、あるいはモーセやパウロの召しを引き合いに出したり、パウロ自身が、自分は使徒として召されたと言っているように、読み取れなくもないところを用いたりして、非常に強調されているが、果たして、それがどのような体験なのか、聖書的に説明されることはない。なぜなら、聖書はそのような召しの存在を、否定こそしてはいないが、それが一般化され、誰にでも適応されるべき事柄としては教えていないからである。



 聖書が、誰にでも適応されるべきものとして語る召し、すなわち一般化されるべきものとして教える召しは、神の国への召し、永遠の命への召しであり、救いと同義語である。特別な職制への召しなどというのは、新約聖書が教えるところではない。しかし福音派のほとんどすべての教会が、このような非聖書的な主観的体験を強調し、一般化して、信徒たちを拘束している。伝道者や牧師になりたい人々、あるいは宣教師になりたいと願っているまじめな人々に、そのような聖書外の体験を強要することによって落胆させている一方、そのような体験がないのに、体験したと平気で言うことができる性格の人々を、伝道者や牧師に仕立て上げ、聖書外の主観的体験を、むやみに神聖化する傾向を作り上げているのである。私たちに必要なのは、そのような聖書外の体験主義をきっぱりと捨てて、聖書に戻ることである。



 そういうわけで、私たちペンテコステ信仰の発祥が、ホーリネス運動の聖書外主観体験の中にあったことは明白である。しかし、それをいつまでも恥じる必要はない。私たちは組合教会や長老教会が歴史の上で果たした、素晴らしい役割を知っている。メソジスト教会や救世軍の働きのために、神様を賛美する。しかし、これらの教会の発祥を尋ねるならば、妻を追い出し他の女性と結婚したいという、イギリス国王ヘンリー8世の願望から生まれた、イギリス国教会に至ることをも知っている。この国王は結局6人の妻を迎え、少なくてもそのうちの2人を殺した。始めが悪いからといって、最後まで悪いのではない。



 TC ペンテコステ信仰の体験主義
 


 そういうわけで、ペンテコステ信仰には当初から強い体験志向があり、聖書の教えを深く調べることよりも、見ること、聞くこと、体感できることに重きが置かれた。癒しや奇跡が重視されたこと自体は間違いではない。しかしそれらが行き過ぎて強調され、誇張され、拡大されて伝えられるようになり、信頼できない報告が次々と出された。異言を語るということに関しても、かなりの作り話があったらしい。アグネス・オズマンが中国語で異言を語ったとか、中国語を書いたとかいう話も、パーハムの創作と見られる。倒れるだとか恍惚状態になる、あるいは夢を見る、み声を聞く、さらに預言をするなどということも、大げさに伝えられた。そのような体験をすることが神の祝福の証拠とされ、そのような体験を伴う働きをすることが、神の権威を受けた偉大な伝道者の印であると考えられた。そのために、無理にでも、つまり人為的に、そのような体験を作り出そうとするものも多かった。



 それにもかかわらず、ペンテコステ信仰の体験主義は、単なる体験主義で終わらなかった。それは、聖書の記述と教えにしっかりとした基盤を見出したことによって、体験を伴う聖書的信仰となったのである。ペンテコステ信仰者が、最も大切な体験として主張する、異言を伴う聖霊のバプテスマという体験は、初代の教会の歴史を記した使徒の働きの中に、充分な前例を読み取ることが可能であるし、それが当時一般のクリスチャンの間に広くいきわたっていたことも、疑いのない事実として読み取ることが出来る。そればかりか、その体験はむしろ、すべてのクリスチャンが求めるべき体験であるということも、ルカが記録したキリストご自身のお言葉で、疑いのない事実と認められる。またバプテスマのヨハネの預言や、パウロが残した異言に関する教えからも、ある程度擁護することが出来るものである。(拙著「聖霊のバプテスマと異言」「聖霊のバプテスマについての考察」参照)



 ペンテコステ信仰の体験が、聖書に基盤を持つ信仰体験であるという点が、非常に大切なのである。それは、単なる主観的体験ではない。あるいは主観的信仰体験だけでもない。正真な聖霊体験であるというだけでもない。聖書に記されている聖霊体験だということだけでもない。むしろ、すべてのクリスチャンに求められるべき、聖霊体験であり、異言という客観的出来事が伴う聖霊体験であると、聖書が明らかに示していることが大切なのである。 



 ところが、私たちペンテコステ信仰を持つものは、ペンテコステ信仰の発祥から今に至るまで、聖書の明確な教えとしての聖霊のバプテスマの体験と、聖書に明確な教えを持たないさまざまな体験とを、区別することが出来ないままでやってきた。自分たちの信仰のあり方に確信を持てず、自信がないために、非難や反対意見には激しく反発したとしても、明確な聖書的基盤に立った説明ができずに、癒しや奇跡、あるいは教会の急速な成長や、自分の信仰体験を持ち出す、体験主義的答えでごまかしてきた。それが、ペンテコステ信仰のトラウマであり、非常に怪しげな体験主義信仰に陥らせてきた、大きな要因である、



 ペンテコステ信仰の極めて初期、揺籃期から現在に至るまで、実にさまざまな体験主義が、この信仰形態を不透明なものにしてきた。主観的な信仰体験が重んじられ、それが神聖視されて行く一方、聖書理解が曖昧だったために、その主観的信仰体験に基づくさまざまな教えや実践が、ほとんど無批判に採り入れられてきた。そのような体験をしたことのない外部のものの批判は、あまり、耳を傾けてもらえなかった。「聖霊体験は、神体験である。それを批判することは聖霊に対する罪である」と考えられ、悪魔呼ばわりされた。実際、ペンテコステ信仰を持つもの同士でさえ、自分の主観的体験やそれを基にした理解を絶対視するあまり、他の考えを持つものを悪魔呼ばわりするのが、かなり一般的であったし、ペンテコステ信仰を持たない福音派の人々が、ペンテコステ信仰を持つものや、その信仰、行動などを悪魔呼ばわりするのも珍しくなかった。まさしく、泥仕合である。



TD ペンテコステ信仰の真髄と道徳的脆弱さ



 そのような中でペンテコステ信仰は、現在も聖霊というお姿で私たちと共に生き、ともに働いておられるキリストを強調し続けて来た。イエス・キリストは昨日も今日もとこしえまでも変わることがないというのが、ペンテコステ信仰の旗印である。そしてその信仰の中には、異言を伴う聖霊のバプテスマの体験も、癒しや奇跡、あるいは悪霊の追い出しも含まれていた。新約聖書の中では、奇跡や癒しのみ業は、キリストの神性と神の国の到来の証として機能したが、ペンテコステ信仰の中では、キリストが聖霊を通し、いまも変わりなく働いておられることの証明となった。



 しかしその一方で、癒しや奇跡の悪霊追い出しは、そのような働きをしているものが、聖霊のバプテスマを受けて聖霊の力に溢れている証拠として用いられ、キリストの権威をいただき神の承認を受けている、証明としても用いられて来たという、大きな誤りがあった。



 ペンテコステ信仰の、奇跡的み業に対するこのような誤った理解は、たちまちある種の英雄主義、個人崇拝主義、独善主義、権威主義、誇大宣伝、誇大報告などにつながって行ったりもした。ペンテコステ運動は、極めて初期の段階から、そのような自己顕示欲に振り回された伝道者をたくさん輩出し、多くのクリスチャンたちの心を痛め、一般の人々の揶揄と嘲笑の種となった。



 それは、聖書外体験を大切にする信仰と、無関係ではないと考える。正真の聖書的体験ではない、単なる類似体験には、聖霊が関わっておられない体験も多い。また人為的に作り出された体験には、当然のことながら、本当の聖霊の臨在感が伴わない。結果として神への畏れと敬虔が薄れ、不道徳も蔓延することになった。キリストご自身のお言葉や、黙示録の言葉によっても、大きな奇跡や癒しの働きをするものは、なにも神の働き人だけではなく、偽預言者や偽キリストも、同じことをさらに大がかりにやることがわかる。選民を惑わし、諸国の民を惑わすものも現れるのである。



 さらに、ペンテコステ信仰がホーリネス信仰を継承し、聖い生活を強調したこと自体は誤りではなかったが、瞬間的聖めという聖書外体験を重んじてしまったために、本当に聖霊に信頼して、毎日の生活の中で段階的に聖めを実現して行くことに、弱さをさらけ出す側面があった。また、瞬間的聖めの強調のために、聖霊が毎日の生活の中で働いてくださることに対する信頼が薄れてしまい、自己の鍛錬や修練による清い生活が強調され、パリサイ的な律法主義に陥ることもあった。なにしろ、短期間の訓練しか受けたことのない、素人に毛が生えた程度の指導者が大部分だったのである。あまり厳しいことはいえない。



 一方、ペンテコステ信仰の道徳的脆弱さという問題は、彼らが育った文化背景によっても、もたらされたものである。ペンテコステ信仰は、極めて低い社会階層の人々によって始められ、圧倒的に、そのような階層の人々の間に広まったという事実を、見逃してはならない。単に教育程度が低かったというだけではなく、モラルにおいても、その目指すところ、告白するところこそは高かったが、実践においてはとても弱いという現実を露呈している。先に挙げた問題のほかにも、異性問題、金銭問題を中心に、人種差別、分裂分派などの醜い問題が続発した。ペンテコステ信仰は実にそのような混沌の中で成熟して来たのである。



 感謝なことに、ペンテコステ信仰は、そのような醜い混沌の中に埋没してしまわなかった。それは結局のところ、聖書が誤りの無い神の言葉であり、自分たちの信仰と生活の、唯一絶対の権威ある指針であると認め、神は今も昔と変わりなく働いておられると信じ、その延長としての異言を伴う聖霊のバプテスマを体験するという、ペンテコステの信仰の真髄があったからである。真実の聖霊体験は、神に対する畏れと愛を引き起こし、汚れから遠ざかり、神に喜ばれようという願いを引き起こすのである。
                                    つづく














posted by ms at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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